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20231018読了:『建築の皮膚と体温 イタリアモダンデザインの父、ジオ・ポンティの世界』(LIXIL出版、2013年)

 先月の小旅行先でジオ・ポンティのレプリカタイルを自分へのお土産として購入した。ジオ・ポンティとは誰か、ということで『建築の皮膚と体温 イタリアモダンデザインの父、ジオ・ポンティの世界』をざざっと読んだ。

「イタリアンモダンデザインの父」であり、建築家、デザイナー、画家、編集者であった多能の人、ジオ・ポンティ。建築家としてのポンティは、モダニストでありながら、建築表面の表現を模索し、工業製品に手仕事を混在させ、そこに皮膚感覚を与えることを忘れなかった。(p.7)

 モダンで機能的でありつつも、軽やかさを醸し出すデザインの秘訣は、「建築の皮膚」にある。「建築の皮膚」は、例えば陶製タイルの多用を指す。イタリア・ミラノにあるピレッリ高層ビル(1956年)の脇の外壁はモザイクタイルを使用している(遠目にはよくわからないが)。

 タイルは窯変による色彩のゆらぎが温かみを伝える素材である。そして幾何学的なフォルムに陽光が注がれると陰影が紡ぎだされて、表面は動き始める。
 薄さ、軽さを追求したポンティが、物理的に重い素材であるタイルを好んだのは、建築にこうした生きた皮膚の感覚や体温を与るためだった。(p.10)

 なお、「皮膚」を構成する重要な要素は、壁に用いられるタイルだけでなく、「床」「窓(窓ガラス)」「ファサード」等も含まれるようだ。このあたりの、視覚の「抜け」を導く工夫というのは実際のところなかなか掴みづらい。直感的には、スカスカにならない程度の肉抜き(ミニ四駆的な)が緻密な計算によって施されている、という印象を持つ。掲載されている外壁の写真は切り絵のように見えるが、現実の建造物においてそれを実現させたという点は驚くべきことなのかもしれない。

 以下何点か。
 1)ポンティの設計した建築のなかにサン・フランチェスコ教会(ミラノ、1964年)、サン・カルロ病院付属教会(ミラノ、1966年)、タラント大聖堂(タラント、1964-70年)がある。これらは自分が想像するところの(一般的な?)教会のデザインとは異なり、言ってしまえば先述の「抜け」を意識したモダンさがある。素朴に、旧来の教会デザインを踏襲しなくても良いのか…という驚きもあった。

 2)解説のなかで引用されていたイタロ・カルヴィーノアメリカ講義――新たな千年紀のための六つのメモ』であるが、ポンティの「軽さ」を考える際のひとつの参照点として取り上げられていた。そのうち読んでみたい。また、ポンティのキャリアについて、ウィーン分離派との関係(と地中海出身ゆえの隔たり)が言及されていた。このあたりもまた勉強してみたい。

 3)エルウィン・ビライの解説は、ポンティを理解する手助けとなる。「ジオ・ポンティは言っていますね、建築は生きているものだと。気分によって感じ方も変わる。パルコ・デイ・プリンチピには、光や時間によって違った現象が現れます。だからこそさまざまなことを感じられる。」(p.49) このような建築における身体性(とでもいうべきなにか)を重視することによってあらわれる「軽さ」。それは、「重厚な家具に囲まれて生活してきた人々を重さから解き放ってかられの趣味を刺激し、モダンな世界に誘う役割も担った」(p.15)のであろう。とするならば、「軽さ」が求められる文脈、イタリアの建築や住まいにおける「重さ」はなんであったか、もう少し考えてみたいところだと思った。